"なりたい自分"になりたい自分

アルゼンチン移住を目指しながら日常で思ったことも書いていく大学一年生です

できるようになりたいこととやりたいことは全く別

f:id:wagashi000327:20180506145610j:plain

 

今日も自分は海外を目指すべきなのか一人で朝から考えてました。

そういえば受験期に書いてまとめてた「受験が終わったらやりたいことリスト」を久々に見返してみたんですが、ここに書いてあることって本当に自分がやりたいことなんだろうかとちょっと考えてしまいました。

 

そこで気づいたのが、ここに書いてあることは自分がやりたいことじゃない。自分ができるようになったらかっこいい事なんじゃないかってこと。

 

んでこの二つについて考えてみたんで記事を書いてみます。

 

できるようになりたいのは周りのためだった

 

やりたいことリストを見てて思ったのが、このやりたいことじゃなくって、できるようになったらかっこいいことがいっぱい書いてあったことです。例えばピアノとか、筆記体とか、ロシア語、フランス語、イタリア語、タミル語(!?)などなど。どれもこれも出来たらかっこいいことばかりです。(マルチリンガルに憧れてました)

 

でもこれらが実際にできるようになったとして何するのかっていうと、周りに自慢したいだけなんですよね。周りからかっこいいと思われて優越感に浸りたいだけっていう、ただの承認欲求を満たす手段としてしか機能しないわけです。

 

これって本当に自分がやりたいことなんですかね。周りから認められるためにっていう点ではやりたいことだけど、自分が本当にやりたいこととはズレてる気がします。

 

自分のためにできるようになりたいことならどうか

 

じゃあ周りのためではなく、自分のためにできるようになりたいからやりたいっていうのも考えてみます。

僕の場合だと、アルゼンチンに移住して人生を変えたいからスペイン語をやりたいってことですよね。

スペイン語をやりたい理由はアルゼンチンに移住したいからなんです。

 

でも何か違う感じがします。というのは、自分が本当にやりたいことはアルゼンチン移住であって、スペイン語自体がやりたいわけではないんと思うんです。

本当にやりたいことがアルゼンチン移住で、そのための手段であるスペイン語をやらないと移住はできないのでスペイン語をやりたいってこと。

 

でもこれって実はスペイン語をやるしかないっていう義務的な一面もあると思うんです。だから勉強が続かないんじゃないかなって。

アルゼンチンの公用語が日本語だったらすぐに移住します。でもそうはいかないんです。スペイン語ができないとアルゼンチン移住は無理なんです。だからそのためにスペイン語をやりたい。

 

スペイン語をやりたいのはアルゼンチンに移住したいからであって、スペイン語自体がやりたいわけではなく、スペイン語をやらないとどうにもならないって感じかな。

 

 

文章力無さすぎて言いたいことが伝わってるか微妙なのでもう一つ例を挙げときます。

例えばボクシングでチャンピオンになることに強く憧れて、素人だけど自分もそうなりたいから練習したいという人がいたとします。

でもその人が本当にやりたいことはチャンピオンになることであって、練習自体がしたいかどうかは別のことです。何日か練習したらやっぱチャンピオン無理かなってなるかもしれないし。

チャンピオンになるためには練習するしかない(義務的な一面)のでチャンピオンになるための手段である練習をしないとどうにもならないって感じですかね。

 

だから自分のためにできるようになりたいからやりたいっていうのも、自分のためにできるようになりたいことが本当にやりたいことであって、だからやりたいって部分は本当にやりたいかどうかは別のことんじゃないかなって思ったわけです。

 

 

できるようになりたい→やりたいっていうのは、

 

  • (周りに認められるために)できるようになりたい→やりたい
  • (自分のために)できるようになりたい→やりたい

 

に分けられる感じがします。

 

そしてこの両方とも自分が本当にやりたいことではない可能性が非常に高いわけです。

この→を使う時点で2ステップ必要で、1ステップ目は本当にやりたいことではないんじゃないかって思います。

 

やりたいことってどういうことなんだろう

 

これもちょっと考えてみました。

 

やりたいことっていうのは何というか、自分や他人にメリットがあるとかないとかそういうことじゃなくて、なんとなくやりたいというか、これをやる目的が他人のためでなくてもいいことだと思うんです。

 

理由や目的がはっきりしていなくても、なんとなくやってたら楽しいとか、なんとなく好きとか。もっと毎日の生活や人生を楽しく、有意義に生きるための手段で、自分がどういうふうに生きていきたいかに関わってくることなんじゃないかなと思います。

 

例えば、今のところ自分はスケボーとかサッカーとかやりたいなーと思うんですが、理由も目的もないです。スケボーできるようになったところでその先どうしたいとかないし、サッカーできるようになったからって自慢したいとかもないです。

 

ただ楽しみたいだけなんですよ。人生を楽しめる要素が増えるので、それだけ有意義な生き方ができるんじゃないかなって。

 

あ、でもスケボー仲間とつながりたいとは思ってますが、人とつながるためにスケボーをやるわけじゃないです。スケボーがやりたいからスケボーやって、できるなら人とつながりたいって感じです。サッカーもおんなじ。

 

じゃあ例えば困っている人を助けるためにアフリカに行って人助けをしたいって考えてる人はどうでしょうか。これには明確な理由や目的があります。しかし、誰かに自慢することが目的ではないという点でその人が本当にやりたいことであってると思います。

むしろ、自分がやりたいことである上に他人にもメリットがあるので一石二鳥です。

 (アフリカに行って人助けをするために、その前にしなければならないことが自分が本当にしたいことかどうかは前述の通り違うと思います。)

 

自分が本当にやりたいことも、

 

  • 自分や他人のためにやりたい
  • なんとなくやりたい

 

に分けられる気がします。

 

 

 

 

 

ごめん全然筋が通ってないところがあるかもしれないw

朝ちょっと思ったことを書こうと思ったら予想以上に深いとこまで考えてしまって結局なんだか整理がつかなくなってしまいましたとさ☆

おしまい